メッキ業界の特殊性を乗り越え、理事長主導でBCPに取り組む(神奈川県メッキ工業組合)

神奈川県メッキ工業組合は、昭和39年に電気めっき業界では全国で最初に法人化されためっき工業組合だ。BCPにおける地域間連携の事例として取り上げられることも多い同組合にその経緯や現在の活動を取材した。

2008年、横浜市が中小企業を対象にBCP検討委員会を立ち上げたことをきっかけに、同組合は2009年にメッキ分科会を開設した。メッキ分科会は、BCP検討委員会で協議が進むにつれて、業種の異なる企業が同じテーブルで議論するのは難しいということで、電気めっき業を生業とする企業の団体を分離させたものである。組合員約60社のうち8社が賛同したが、当時マスコミの取材を受けると、多くの記者からは「賛同したのは8社ですか」とがっかりされたという。このことに対して、後藤事務局長は「実はメッキには様々な種類があり、金属の種類や工法など、それぞれ専門性が高く代替生産ができません。今回は、亜鉛メッキという共通事項があったので補完関係を作ることができました。それが8社もいたのです。」と語る。また、当時、大協製作所と羽後鍍金の2社は、「災害時における相互委託加工契約書」を締結した。現在は東洋メタライトが加わり、合計3社が相互協定に参加している。残りの5社は、協定は締結していないものの、日頃から仕事上の協力関係を構築しており、「災害時には必ずこの連携に加わる」という意思を表明しており、実質的な協力関係にある。

こうした取り組みが評価され、東日本大震災直後に中小企業庁主導で行われた「中小企業組合等BCPマニュアル検討委員会」では、後藤事務局長が委員として参加した。特に留意して提案したのは、「業種別マニュアル」を目指すことであった。結果として、2014年にはめっき業界版マニュアルが完成し、組合員にも配布して各社のBCPに対する意識づけに役立てている。

さらに2011年4月には、同組合と新潟県鍍金工業組合が「災害時における鍍金工業組合相互応援協定書」を締結し、県域を越えた協力体制を構築した。後藤事務局長は、「例えば、代替生産している間に、被災した会社が立ち直り生産再開したら、代替生産を受けた側は製品とお客様を丸ごとお返ししています。こうしないと仕事が無くなり倒産してしまいますよね。だから、うちの仕組みは”お互いさまBC(事業継続)連携ネットワーク”と言います。被災した会社の受け入れ態勢が整ったら、お客様も仕事も全部お返しします。これは栗原敏郎前理事長が最も注力した部分です。」と語る。こうした協定は組合対組合で行っているが、現在は組合員対組合員の協定を目指して交渉中であるという。メッキ業界の相互協定が進みにくいのは、典型的な「多種少量生産品産業」であるためである。相互支援しようにも設備や技術の面で不可能なことも多い。しかし、現在は1~2社の候補があり、今後も積極的に呼び掛けていきたいという。

次世代を担う青年部員が自発的な活動を開始

9年ほど前に愛知県で会合を持ったことをきっかけに、現在は全国に情報共有の場が広がっている同組合の青年部の活動は、熊本地震の時にも存分に発揮された。当時、ライフラインは東京から福岡までしか確保されていなかったが、青年部は全国レベルでLINEを使ったネットワークを組んでおり、LINEで被災地では何が欲しいのかを聞き、物資を福岡まで送った。福岡から先は、福岡の組合員が自社のトラックで被災地まで運んだという。

BCPの思想は仕事を止めないこと

「被災すると仕事が止まり、顧客にも大きな損害が出ます。BCPの思想は、仕事を止めないことです。例えば、東京の現場が被災した場合、それを神奈川で代替できれば生産活動を継続できます。その間に復旧、復興まで持っていく。これらのシステムを事前に具体的に決めておかなければなりません。最初の理事長のリーダーシップは本当に大きかった。」と後藤事務局長は当時を振り返った。

神奈川県メッキ工業組合
理事長:薄衣 敏則
住所:神奈川県横浜市
組合員数:56社 

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