大丸有地区のビルを守る(三菱地所株式会社)

リスク対策.com 2018年3月 取材記事

重要設備室の浸水防止

4300事業所、28万人が働く、世界でも屈指のビジネス街である東京駅周辺の大丸有地区(大手町、丸の内、有楽町)。100棟強のビルが建ち並び、そのうち約30棟が三菱地所の所有・管理する物件だ。都内でも豪雨の被害は深刻化している。地区の防災をリードする三菱地所に、ビルの水害対策について話を聞いた。

4000事業所、23万人が働く世界でも屈指のビジネス街である大丸有地区(画像提供:三菱地所)

三菱地所の災害対策の歴史は古い。1923(大正12年)の関東大震災の際に、旧丸ビルやその周辺で飲料水の提供や炊き出し、臨時診療所の開設を行っている。震災直後から官庁、銀行・会社、商店など400以上が丸の内に移転。三菱の仮本社に大蔵省や内務省などの省庁が臨時に設置されたこともある。震災後3年たった大正15年には旧丸ビルで「安全第一ビルヂング読本」を作成。社員の防災意識の向上に努めた。

「大丸有地区の3割のビルを持つ三菱地所は、エリアマネジメントを主導する立場にある。周辺の手本になるような災害対策を検討していきたいと考えている」と三菱地所ビル運営事業部主幹兼ビル安全管理室室長の大庭敏夫氏は話す。

同社は2016年4月、丸の内再構築プロジェクトとして事業を進めてきた大手町連鎖型都市再生プロジェクト第3次事業「大手町フィナンシャルシティ グランキューブ及び宿泊施設棟」を竣工。「帰宅困難者の受け入れはもちろんだが、隣接する医療機関と連携して要救護者を受け入れるほか、災害時に災害救護にあたる要員の滞在受け入れを想定して救護にあたる人に温浴施設を開放するなど、防災拠点ビルとして大手町地区全体のBCPに貢献することを目指した」(大庭氏)。

画像を確認 関東大震災では臨時診療所も開設した(写真提供:三菱地所)

大丸有地区の水害対策最新設備 

2010年に発表された中央防災会議の「大規模水害対策に関する専門調査会報告書」では、200年に1度の荒川決壊が起きた場合に、千代田線沿線のエリアが広域的な水害に見舞われる可能性があるという想定結果が出た。
千代田区のハザードマップを見ると、荒川決壊の想定では大丸有地区の半分強が浸水深0.5m未満、残りのうちの3分の2が1m未満、3分の1が2m未満の浸水予想地区に指定されており、現在開発中の大手町地区は1m未満の浸水が予想され、地下鉄も水没するレベルになっている。 

画像を確認 1926年発行「安全第一ビルヂング読本」(写真提供:三菱地所)

大庭氏は「ビルの水害で最も恐れなければいけないのは、通常ビルの最下層にある重要設備室が浸水し、機能しなくなること。場合によっては復旧に半年かかってしまうこともある。これは震災よりも大きな影響がある」と話す。 

重要設備室とは、電力会社から受電した電力を、ビルの設備に適した電圧に変換する受変電施設や、ビルにエネルギーを供給するための熱源をつくる機器など最も重要な設備が設置されている場所。通常は大規模で重量のある設備が多いため、震災対策としてビルの構造上一番強固である最下階に設置されることが多いが、かえって浸水の危険度は高いという。

「前述の大手町グランキューブでは、特別高圧電気室とビル用非常用発電機室を地上階に移し、万が一最下層が水没しても重要設備は生き残るように設計した。フロアの貸付が利益につながるビル事業だが、今回は安全を優先した」(大庭氏)。

非常用発電室は、耐震性に優れるとされる中圧ガス(都市ガス)によるコージェネレーションシステムに加え、中圧ガスとA重油の双方に対応できるビル用非常用発電機(デューフュエル型発電機)を設置。災害時に電力会社からの供給が途絶えた場合はまずA重油を利用して72時間の電力供給が可能で、さらに中圧ガスの供給が開始されればビル共用部に対して長時間の電力供給を可能にしている。

その他にも、ビルの出入り口に従来以上の高さを持つ止水板などを設置している。大庭氏は「今後、経験を持った人材がどんどん少なくなっていく。ビルの防災にもオートメーション化やAi、ドローン、ロボットなどのIT活用が不可欠になってくるだろう」と予想する。すでに同社では地下トンネルをドローンで点検するなど、さまざまな実証実験を開始している。

大手町グランキューブに設置されたコージェネレーションシステム(画像提供:三菱地所)

既存ビルへの水害対策

では既存のビルに対してはどのような対策を講じるのだろうか。
「いわゆる東海豪雨クラスが東京に発生した場合の浸水の高さまでは、確実に治水対策をして、昨今激しくなっている集中豪雨に対応する」(大庭氏)
従来のビルは基本的には土嚢を積み上げて出入り口を塞ぐやり方が多いが、土嚢はストックする砂の量も莫大になるし、人的対応にも時間がかかる。荒川の決壊など外水は到達までのリードタイムが見込めるが、ゲリラ豪雨といった内水の場合はそうはいかない。同社では、スウェーデンに本社を置く洪水対策設備メーカーのNOAK Flood Protection AB社のBOXWALL(写真1)という洪水防護器具を採用した。一見すると座椅子のような、樹脂でできたユニットをクリップでつなぎ合わせるもので、接合部分にはパッキンが入っていて、ある程度の水圧になれば水の自重によって強く結合する構造だ。自社でさまざまな商品をテストしたところ一番効果があり、時間も短縮し、収納場所も取らず軽量だったという。このシステムを水害対策の第一弾として全てのビルの出入り口に配置した。これは1次止水策で、重要設備室を保護するまでに2次、3次の止水対策も設けているという。
「もちろん、既存のビルにも今後、荒川決壊クラスの水害に耐えられる仕組みを検討していかなければいけない」と大庭氏は話している。

画像を確認 ビルの出入り口から浸水を防ぐ防潮板(写真提供:三菱地所)

大丸有地区を守る浸水防止設備

「BOXWALL」(NOAK Flood Protection AB社)
ABS樹脂製で1ユニット3.4Kgと軽量なため女性でも持ち運びでき、2名で120mという広範囲への展開を短時間で行うことができるという。水圧によってより強固に固定されるため、アンカーボルトなどで地面へ固定する必要がない。
重ねて保管が可能なため、約1Kmの設置展開分のユニット(1600枚)が20フィートコンテナへコンパクトに収納できる。また、簡単な洗浄で繰り返し使用可能だ。

画像を確認 (写真提供:ガデリウス)

画像を確認 (写真提供:ガデリウス)

簡易型止水シート(シャッタータイプ)「とめピタ」
(文化シャッター)
三菱地所と文化シャッターが共同開発した製品。ビルのテナントや駐車場など、シャッターを下ろした部分の浸水を防止する。シートはポリ塩化ビニル製で幅9m、高さ50㎝まで対応する。重さは最大で20Kg(収納時)のため、1人でも5分~10分で設置可能だ。丸めて収納できるので、コンパクトに収納できる。土のうに比べて10倍以上の止水性能を発揮するという。

画像を確認 シャッター部を土のうを使用して止水したイメージ(写真提供:文化シャッター)

画像を確認 「とめピタ」の設置例(写真提供:文化シャッター)

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