【感染症対策BCPの好事例紹介】
有限会社きくや薬局 管理薬剤師 野渡 靖弘 氏

Q.会社の概要を教えてください。

東京・江戸川区に「はるえファーマシー」という薬局を構え、主に処方箋調剤業務を行っています。近隣には小児科医院があり、来局されるお客様の9割近くは小児科医院を受診した患者様です。
従業員は7名ほどで、薬局での業務は主に、3人の薬剤師と2人の事務員がローテーションで担当しています。

管理薬剤師の野渡氏

Q.なぜBCPに取り組もうと思ったのですか?

江戸川区では、災害発生時、状況に応じて「緊急医療救護所」を開設すると決められています。このとき、発災から72時間は近隣の病院や薬局の医療従事者も救護所で医療救護支援を行うのです。
こうした取り組みを聞いているとき、区での対応は決まっていても、自社での対応はなにもないと気づきました。備えがないと、医療救護所から自分たちの薬局に戻ったとき、問題なく事業を継続できないと思ったのです。
うちは小さな薬局ですが、日頃から地域の皆様に支えられて成り立っています。災害時も普段と変わらずに地域医療を支えていきたいとの思いもあり、BCP策定を決断しました。

Q.策定したBCPの概要を教えてください。

有事の際、最優先となるのは調剤業務です。いつもと変わらぬ医療提供を維持するため、経営資源の分析を行い、それぞれの予防低減策、代替案・復旧策、必要な事前準備を策定しました。感染症の場合では、仮に社内で感染者や、濃厚接触者に指定された人が出ても、その人の業務を他の従業員が代行できるようにします。また、事業継続において欠かせない設備や機器、情報資産、外注先・仕入先・物流業者も決定。緊急時の必要資源の確保方法、各所へ連絡する際の確認事項を策定しました。
さらに、有事の際に薬局を休業したり、営業時間を変更したりする場合には、「eST-aid」という災害時情報共有システムを使って、閉開局情報をお伝えします。「行ったのに薬局が閉まっていた」という事態を招かないために、リアルタイムに情報を公開していきます。また「eST-aid」には安否確認機能もあり、弊社では全従業員がシステムに登録しています。そのため、全従業員が情報の更新が可能です。

「eST-aid」はQRコードを読み取るだけでアクセス可能だ

Q.BCP策定過程で苦労したことは何ですか?

まさに今、苦労している真っ最中なのですが、物品や設備を準備しようとしたところ、予算の壁に直面してしまい思うように準備が進められずにいます。優先順位を決めて購入しようにも、新興感染症はウイルスの種類によって備えておくべき資源が変わるため、判断が難しくて……。日々、試行錯誤しています。

Q.現状のコロナ禍において、計画に基づき具体的に行っていることは何ですか?

薬局は感染者も多く訪れる場所です。今は、空気清浄機の増置、受付にビニールシートを設置する、営業中は常に窓を開けて換気するなどの対策をとっています。人が密集しないよう、出勤人数の調整も行いました。
確実に感染者だと分かっている方には、薬局の外でお待ちいただいています。また、我々がご自宅まで薬を届けに行くことも。その際は接触頻度を減らすために薬の説明は電話で行い、手渡しも避けています。感染リスクが高い職種なので、できる限り感染拡大を抑える対応を心がけています。

対面する場所にはビニールシート、人が並ぶ場所には仕切りを設置

Q.日常業務でBCPを策定した効果はありますか?

これまでは緊急時の対応について、どうしても実感が持てずにいました。しかし、BCPを策定して具体的な対策が分かってくると、従業員たちが「自分の身に降りかかることなんだ」と捉えられるようになったのです。事業継続に対する意識が変化したのを感じます。

Q.公社の支援に対するご感想は?

従業員にBCPの必要性を認識してもらうにあたり、コンサルタントの方に講義をしてもらえたので助かりました。BCPを策定する意義がきちんと共有できたのでは、と思います。
また、費用面は切実な問題ですから、必要な物品や設備を購入する際の支援があるのは有り難いですね。当社も来年度以降、助成金を利用してより万全の体制で不測の事態に備えようと思っています。

Q.BCPを今後御社の企業経営にどう生かしたいですか?

新型コロナウイルスの感染が拡大しはじめた頃、受診を控える人が増えました。今後、別の新興感染症が流行ったときも、他者との接触を減らす、人が集まる場所を避けるというのは、基本的な対策になっていくでしょう。
しかし、体調が優れないにも関わらず病院に行かなければ、新興感染症は防げても、他の病気が悪化する恐れも。今後は、未知のウイルスが流行しても安心して医療を受け続けられる環境の整備が重要だと考えています。
たとえば、オンラインでの服薬指導を活用した非接触での業務運営などです。これには多くの課題があるので、実現は容易ではないでしょう。それでも、「緊急時だからこそ、安心感のある医療の提供を続ける」という事業継続意識を持ち続け、医療の現場をより良くしていきたいです。